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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(あ)314号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人植木敬夫の上告趣意第一点について。

論旨は憲法三一条違反をいうが、実質は刑訴四〇〇条但書違反の主張を前提とする。記録によると、原審が検察官の控訴に基き自ら何ら事実の取調をしないで訴訟記録及び第一審で取り調べた証拠のみにより、被告人増田を罰金二万円に、その他の被告人四名を同一万円宛に各処した第一審判決を破棄して、被告人増田を懲役六月に、その他の被告人四名を同三月宛に各処しそして全被告人に各五年間各刑の執行を猶予する判決を言い渡したことは明らかであるが、しかし、控訴審が第一審の量刑を不当とする検察官の控訴趣意に基き訴訟記録及び第一審において取り調べた証拠によりその量刑を不当と認めるときは控訴審は自ら事実の取調をしないで第一審判決の刑より重い刑を言い渡しても刑訴四〇〇条但書の規定に違反するものでないこと当裁判所の判例(昭和二七年(あ)四二二三号同三一年七月一八日大法廷判決、集一〇巻七号一一七三頁)とするところであるから、刑訴四〇〇条但書違反を前提とする違憲の論旨は前提を欠き採用することができない。

同第二点について。

論旨の一部は控訴趣意書を採用するから不適法であり、その余の部分は刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

同第三点について。

先ず本件被告人らの所為が犯罪を構成するかどうか。原判決が是認した第一審判決の認定事実の要旨は、「被告人らは日本共産党の判示細胞員若くはブロック指導部員であるところ、昭和二七年七月一三日施行の判示調布町長選挙に際し候補者安沢秀雄の当選を防止する目的で選挙運動中たまたま同月一一日右安沢の居宅に火焔瓶四本が投げ込まれた事件が起るや、翌一二日判示のように共同してこれを利用し同人を非難脅迫するビラを調布町内に撤布し同人を選挙において不利に陥れるとともに同人に右ビラを閲覧させてこれを脅迫すべきことを共謀し、即日、互いに共同して同町内の諸所で多数人に対し「天誅遂に下る、天人共にゆるさざる売国奴安沢に町民の怒り爆発」と題し「七月一一日おさえにおさえた町民の怒りは爆発した、過去四年間横暴の限りをつくし、町民の苦しみの上に私腹を肥した現町長安沢秀雄の自宅は英雄的な町民により襲撃された、これは安沢をとりまく売国奴共へ愛国的町民が叩きつけたたたかいの宣言である。彼ら売国奴共が自己の行為を反省してくいあらためぬ限り、追撃の手は更にのびるであろう」との文言の記載あるガリ版ビラ約四〇〇枚を頒布し、よって前記火焔瓶投擲を受けて恐怖に陥っていた右安沢をして右ビラのうち約三〇枚を閲読させた、」というにあること判文上明瞭である。これによれば被告人らは、一面において、判示町長選挙に際し安沢候補者の当選防止目的で選挙運動中本件ビラを選挙前日多数町民を含む多数人に頒布したものであり、そして本件ビラには選挙人をして同候補者への投票を断念させる可能性ある文言の記載があるといえるから(しかし所論のように、本件ビラ頒布行為の主目的がいずれかの政党の政治宣伝にあったことは認定されていない)、被告人らの所為が単にそれだけに止まるならば右安沢に対する非難を含む選挙の際の政治的文書の配布に過ぎないといえるであろうが、右認定事実によれば、被告人らの所為は、同時に、安沢が前日火焔瓶投擲を受けて畏怖しつつあるに乗じこれを脅迫する意図の下に、右安沢の居宅に対する右投擲襲撃をもって英雄的町民の怒りの爆発、戦の宣告であるとし、同人らが悔い改めぬ限り更に本件ビラ頒布者ら同志より追撃さるべき趣旨を通告したビラを多数第三者を通じて同人に閲読させたものであるというのであるから、判示所為はこの点で暴力行為等処罰に関する法律(大正一五年法律六〇号)一条一項に該当する犯罪を構成すること多言を要しない。

次に、本件所為は憲法二一条により自由を保障されている言論に属するかどうか。およそ憲法二一条の保障する言論の自由といえども国民の無制約な恣意のままに許されるものでなく常に公共の福祉によって調整されなければならないものであり、そして、食糧管理法に基く命令による主要食糧の政府に対する売渡をしないことを煽動するが如き所為は、単なる政策の批判、失政の攻撃に止まるものではなく、国民の重要な法的義務の不履行を慫慂し公共の福祉を害するものであり、憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱し、社会生活において道義的に責むべきものであるからこれを犯罪として処罰する法規(食糧緊急措置令一一条)は憲法二一条に違反するものでないこと、当裁判所の判例とするところであり(昭和二三年(れ)一三〇八号同二四年五月一八日大法廷判決、集三巻六号八三九頁)、また、地方警察吏に対し法の禁ずる怠業的行為を慫慂するにおいては怠業的行為の起る危険性ある場合に、右吏員に対し脅迫的文言を弄する箇所を含む怠業慫慂文書を配布して怠業的行為の遂行をそそのかす所為を地方公務員法三七条一項、六一条四号の犯罪として処罰する判決は憲法二一条に違反しないこともまた当裁判所の判例である(昭和二七年(あ)一二〇三号同年八月二九日第二小法廷判決、集六巻八号一〇五三頁)。ところで脅迫は他人に対する文書、口頭若くは態度による通告(表現)ではあるが、それは他人の生命、身体、自由、名誉または財産に害を加えるべきことを内容とする通告であって刑法二二二条により犯罪とせられるところのものであり、「数人共同して刑法二二二条の罪を犯」す所為もこれと本質を同じくし暴力行為等処罰に関する法律第一条により処罰される加重犯であって、それは実質的には右判例の趣旨によれば、公共の福祉を害し憲法の保障する言論、表現の自由の限界を逸脱し非社会道義的なものであるから、これを同法律第一条の犯罪として処罰する判決も憲法二一条に違反しないものというべきこと多言を要しない。本件第一審判決認定事実の要旨は冒頭摘示のとおりであるからこの事実を暴力行為等処罰に関する法律第一条に当るものとして処罰した第一審判決及びこれを是認した原判決は憲法二一条に違反するものでないこと明らかである。論旨は理由がない。

記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条により裁判官小林俊三の後記意見あるほか裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官小林俊三の上告論旨第一点についての少数意見は次のとおりである。

本件のように控訴審が事実の取調をすることなく、破棄自判により第一審の罰金刑を懲役刑(但し五年間執行猶予)に変更するのは違法であるから、原判決を破棄し本件を原審に差し戻すべきものと考える。その理由の詳細は、昭和三〇年(あ)第一九八四号同三二年二月一五日大法廷決定、集一一巻二号七六七頁に記載したとおりであるから、ここに引用する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)

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